西鉄北方線 その終わりに・・・
 1980年(昭和55)11月1日、午後。私はカメラ片手に友人と小倉の街に出かけました。
 西鉄北九州線に乗って小倉随一の繁華街魚町に着くと、はす向かいに位置する北方線の魚町電停は黒山の人だかり。安全地帯をかすめるように行く車も、この日はいつも以上に慎重に通行していました。
 老若男女を問わず(カメラを手にした同志の方々が大半でしたが)みな最期の別れの挨拶に訪れているのでした。私たちもほどなく到着した「馬面電車」に乗り込み北方に向かいました。
  
〜西鉄北方(きたがた)線とは〜
北方にて  小倉北区魚町−小倉南区北方間、4.6Kmを結んでいた路線で、所要時間は15分でした。
 全線併用軌道で、軌間はJR在来線と同じ1067mm。軌間が新幹線と同じ1435mmの北九州線の車両よりも、車幅がひと回りほっそりしていたことから「馬面電車」の愛称で呼ばれていました。
 現在JR小倉駅−企救丘間を結んでいる、北九州都市モノレール建設に伴い、1980年11月1日を最期に廃止されました。
 モノレールは、小倉(現:平和通り)−企救丘間8.4Kmが1985(昭和60)年1月9日に開業。1998(平成10)年4月1日、平和通−JR小倉駅間0.4Kmを延伸。利便性が向上しました。

 左・・・北方電停にて
 折返しの合間を見て軌道敷内で撮影する人多数。右奥に北九州線の電車(北方線と垂直方向に走行)が辛うじて見えます。
魚町電停付近にて
 まず北方車庫前に向かうべく北方行きの電車に乗車しました。車内は案の定超満員の状態で途中すれ違う電車も同様でした
北方車庫には華やかに飾られた「さよなら電車」が待機していました。

 当ページ作成時撮影場所が不明だった以下3点の写真は、Kazuoさん菌XPさんからの情報により下記の通りと判明しました。ありがとうございました。
 撮影場所が判明したことにより当初「(起点の魚町から)とりあえず終点北方に直行し、引き返しつつ撮影することにした。」とあったのは誤りで、正確には北方車庫前で下車及び撮影後徒歩で終点北方に向かい電車で引き返したと考えられますので構成を変更しました。ご了承下さい。
(’05.9.21 菌XPさんから頂いた現在の北方車庫前、北方1丁目付近の写真を追加しました。どうぞご覧下さい。)
北方車庫前  ※写真をクリックすると現在の状況が分かります。
北方車庫前−北方1丁目間※写真をクリックすると現在の状況が分かります。
北方1丁目  ※写真をクリックすると現在の状況が分かります。

 旦過橋や北方の電停は、路面よりも一段高い安全地帯がありませんでしたが、積み残しの客が車道に飛び出す形となり、危険な状態でした。
以下2点:北方
当日乗客に配布された記念乗車証
背景・・・旦過橋電停付近にて