’97年 横軽最後の週末にて

 長野新幹線開業に伴い、’97(平成9)年9月30日(火)をもって廃止された信越本線横川−軽井沢間。通称横軽。
 碓氷峠を越える両駅間は距離11.2kmに対し高低差が552.5mあり、群馬県の横川から長野県の軽井沢まで登り一方のルートでした。
 勾配は下り線が最大66.4‰、上り線が同66.7‰と当時のJR線最急勾配区間であり、両駅での補機連結、切り離し作業は横川駅ホームでの「峠の釜飯」販売を含め、当地ならではの鉄道風景として知られていました。
 
 ’97(平成7)年9月28日(日)。 廃止を目前に控えたその日、僕は約12年ぶりに横軽を訪れました。今にして思えばもっと早い時期に足を運ぶべきでしたが時機を逸し続け、結局は混雑の予想される最後の日曜日となっていました。

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横川(3.63MB 43秒)
 未明に自宅を出発し横川駅に着いたのが午前7時頃でして駅前は既にこの賑わいでした。
 機関区に集うのは、まもなく活躍の場を失うカマ達・・・ 朝の陽光を浴びつつも寂寥感漂う光景です。

 ご覧の通りホームの駅名票は「軽井沢」の文字がある従来のタイプと無いタイプが同居しており過渡期ならではの光景でした。

 そして「軽井沢 長野方面」の表示はイベント色の濃い「さよなら碓氷峠」といった類の表示よりも惜別の念を強くする存在でした。
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横川(3.35MB 39秒)
 なぜわざわざ未明のうちに自宅を出発したかと申しますと高崎発の下り始発普通列車で峠越えを体験する目論見があったからです。
 この時碓氷峠を越える普通列車はわずか上下各7本で、始発列車を逃すと正午頃まで普通列車は無かったのです。特急「あさま」のためのルートだといっても過言ではなかったわけですね・・・

 その始発列車の後部補機となるEF63×2がスタンバイ(聞こえる警笛は上り普通列車のもの)。 そしてやって来た列車は・・・ やはり超満員でした(汗) 窓越しに車内を見た瞬間、待ち受ける同業者は一同苦笑い。同行の妻は「うわぁ〜乗るの?(やや怒)」ってな表情で僕を見るし(スマン!!)
 ホームは補機連結を撮らんとする人々で少々パニック気味でした。それがいやなら廃止直前に行くなって話ですね。
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横川(3.00MB 35秒)
 補機連結の瞬間です。
 一旦停止したところで連結器を自動側から密着側にガチャンと切り替え(写ってないですね・・・ 音だけで勘弁してください^^;)。
 高崎方と軽井沢方で表情が異なるカマで、映像の軽井沢方は向かって左下にジャンパ連結器の群集が見えます。 角っこに付いた無線用の白いアンテナ(これは高崎方にもあり)などの保安装置のほか数々の装備は山男を彷彿させます。
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横川−軽井沢間(5.07MB 59秒)
 どうにか乗り込んで撮影した映像ですのでアングルがイマイチなのはご容赦ください(汗)

 構内にたむろするカマとの位置関係から発車して早々急勾配に差し掛かる様がお分かりになれると思います。それでも付近の勾配は25.5‰ですから正に序の口ではありますが。

 場面は変わって有名な通称めがね橋の「碓氷第3橋梁」が一瞬見えました。 1963(昭和38)年の新線開通により廃止された旧線のシンボル的存在です。1993(平成5)年に国の重要文化財に指定されています。

 そして峠越えの終わりを告げるのは開業を三日後に控えた新幹線の施設です。 同業者の殆どが複雑な心境で見つめていたのではないでしょうか。
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軽井沢(2.93MB 34秒)
 名だたるリゾート地軽井沢に来ながら横川にとんぼ返りしました。(笑) ま、目的が目的ですから。

 僕らの乗車した上野行き「あさま4号」の到着です。 記念撮影されてるご夫婦が少々危なっかしい・・・
 それはさておきまもなく補機の連結です。
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軽井沢(4.91MB 57秒)
 補機連結の瞬間・・・・と思ったら最後のコンマ何秒が撮れてませんでした(涙) Vol.3で音のみだった連結器の切り替えはしっかり写ってますから今度こそご覧ください。
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横川(0.82MB 9秒)
 御存知「峠の釜飯」のおぎのやさんの姿を少々。
 当時既に上信越自動車道サービスエリアでの販売量が駅での販売量を凌駕していたのですが、廃線間近なことも手伝ってか飛ぶように売れてました。
 勿論お土産として購入する方も多かったことでしょう。我が家にも益子焼の器が眠ってます。

 そして発車する列車をお辞儀で見送るのは恒例のシーンでした。半ば形式では?と見る向きもあるかもしれませんが悪い気はしなかったものです。
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横川(3.94MB 46秒)
 旧型客車×3両+郵便車×1両の列車が発車しました。困ったことにこの列車の素性が全く不明です(’97年9月号の時刻表にも掲載されていません)
 後部補機はこの年全般検査の際に茶色(ぶどう色2号)に再塗装されたEF63(以下茶ガマ)でした。 
 復元茶ガマは18,19,24,25号機でして、実際に登場当初この塗装色だったのは初期の1〜13号機だったものの、廃線前に往年の装い復活とは粋な計らいでした。
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横川−軽井沢間(4.36MB 51秒)
 下り線の築堤にて撮影しました。列車は上り上野行き「あさま8号」です。 
 ちょっとのろくなぁ〜い?と言うなかれ。急勾配を安全に下るため速度は38km/h以下に制限されていたのです。
 66.7‰、11両編成(カマを含む)の状況では先頭と最後尾の高低差が約15mに及びます。そう考えると事も無げに下る列車の先頭に立つEF63がより頼もしく映りますよね。
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横川−軽井沢間(3.57MB 41秒)
 上越新幹線が開業してもなお首都圏と北陸を結ぶ唯一の昼行特急列車として活躍していた特急「白山」。
 映像の列車はEF63に後押しされて65.0‰の勾配を豪快に駆け上がる下り金沢行き「白山」です。
 1日1往復の列車だけに撮影は緊張しました(三脚を使えばよかったなぁ)。 少々揺れる映像ですが流麗なボンネット型車輌のデザインの魅力が伝われば・・・と思います。
 この列車も横軽と命運を共にしたのでした。合掌。
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横川−軽井沢間(3.15MB 36秒)
 横川に向かう回送茶ガマと上野発軽井沢行き臨時快速「さよなら碓氷峠号」です。後追い撮影としたのは上野方は同業者が大勢陣取っていたためです。
 「さよなら碓氷峠号」はEF62+12系客車×8+EF63×2という布陣でした。

 時間は10:20頃でしたが、この撮影後早くも帰途につきました。だって連れが・・・(以下略^^;)

 これにて本編は終了です。 ご覧頂きありがとうございました。