燃ゆる山嶺をあとにして 「さくら」
 本日の行程をほぼ消化しました。次は16:38発新大阪行「さくら566号」に乗車して博多まで一気に北上です。

 計画段階では最速タイプの「みずほ」に食指が動きました。しかし次の「みずほ」は18:00発の606号です。弁当を2個も食した余韻は大きく、夕食は勿論のこと一献しながら時間を潰す気も起きませんでした。そして何より疲れを覚えていた僕は、予定通り「さくら566号」を選択しました。

 博多までの所要時間は「さくら566号」の場合1時間24分です。在来線時代は特急「つばめ」で4時間弱を要していたのを思うと驚愕の短時間です(この感覚は元九州民が持つ距離感によって倍加されているわけですが)。
 ちなみに熊本のみに停車する「みずほ」が同1時間17分ですから、それと比較しても「さくら566号」のように川内、熊本、久留米に停車する「さくら」の速さは遜色ないです。

 そんな数字上のインパクトは机上でもまぁまぁ実感できるものであって、僕はむしろ3階に位置する新幹線ホームで目にしたこの風景に感慨を覚えました。
 僕はN700系7000番台車の先頭部と車止め越しに遠望する桜島の姿に、新幹線の鹿児島延伸を実感していました。

 「ここが世界に誇る新幹線の最南端か・・・ それにしても、よく造ったものだなぁ。」

 脳裏には「日本列島改造論」で提唱された、全国を網羅する新幹線計画の路線図が浮かんでいました。幼いころ「寝台新幹線」の登場とともに、開通する日を夢見た路線図です。
 ご存知の通り、その路線のほとんどが空論で終わり、寝台列車の登場も夢に終りそうな情勢です。

 九州新幹線が(強大な大人の事情?の後押しがあったかもしれませんが)作りかけの構造物が打ち捨てられることなく開業できたのは、一鉄道ファンとして冥利に尽きるところです。
 しかし全くの偶然とはいえ2011年3月12日の九州新幹線全線開業の前日に、正に国難といえる震災が襲ったのは、冷え切った経済状況を冷静に顧みろと戒めているように思ったものでした。


 ところで「燃ゆる山嶺をあとにして」などと恰好をつけたタイトルにしながら、噴煙を上げる南岳付近は鹿児島中央ターミナルビル(ソラリア西鉄ホテル鹿児島)の陰に隠れる形のため望めません。
 ホームに降り立てば眼前に桜島の全容がドーン!ならば訪問者へのインパクトが絶大なのですが、実際はやや情緒を欠くのが残念ではあります。こればかりは「ちょっとどいて」というわけにもいかないですからねぇ。
 16:38発新大阪行「さくら566号」は定刻に発車しました。僕が乗車した車両は、3連休の初日ながら空席ばかりが目立ちました。
鹿児島中央駅付近の地図です。

大きな地図で見る
 最初の停車駅川内に到着する様子から熊本到着までをまとめました。

 「さくら566号」は出水、新水俣、新八代の各駅を通過します。その瞬間に加えて、八代海の遠望も外せない被写体でしたから、カメラを構えつつ地図、時刻表、時計それぞれを頻繁に確認しながら撮影しました。
 17:25着の熊本で大勢乗り込み、我が3号車自由席は7割程度の乗車率になったと思います。

 その熊本発車後に眠ってしまい、九州新幹線(鹿児島ルート)最長の筑紫トンネルを潜り抜けた辺りで目覚めました。まもなく博多に到着です。目覚めたら新大阪という恐ろしい状況に陥ることがなかったのは幸いでした。
博多着18:02。僕はこのあと18:19発大分行特急「ソニック47号」に乗車して北九州に向かいました。