北へと向かう青き彗星 「日本海」 その2
 「日本海」は個室寝台が好まれる時流に反して開放型寝台車のみで編成されており、30年ほど前のブルトレブームのころと変わらぬ印象のまま存続しています。
 同じく日本海縦貫線を往来する「トワイライトエクスプレス」が個室寝台、食堂車、サロンカーを備えて観光に特化した感があるのと違い、「日本海」はその編成のみならず深夜帯も客扱いを行うなど、昔日の夜行列車を思わせます。

 寝静まった車内を進んで指定の場所に着きました。やはり向かい側上下段と僕の席の下に位置する下段の三つの席ともに、先客で埋まっていました。

 極力物音を立てぬよう荷物を寝台上に載せ、続いて窓際に設けられた梯子に足を掛けつつふと目を落とすと、向かい側下段でカーテンを半開きにしたまま横たわる男性と目が合いました。
 浴衣の胸元ははだけ、朦朧とした目で「なんだこんな時間に?」と言いたげに見上げた視線がちょっと怖い・・・ 次の瞬間、小学校3〜4年生程度と思われる男の子が、ばつが悪そうにカーテンを閉じたことで視線が遮られました。

 相席となったのはご家族連れだったようです。宵っ張りの息子さんは慣れない寝台列車で寝付けなかったのか、それともブルトレ車中泊でちょっぴり興奮気味の鉄ヲタ予備軍かな?
 彼らがどこで乗車したのかは知るよしもありませんが、「日本海」が始発駅の大阪を出たのは6時間近くも前の17:47です。一画は先客のスペースとしての空気がすっかり出来上がっていました。
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仁賀保−西目間(1.0MB 13秒)
 明けて8月14日金曜日。4:40ころ起床しました。上段寝台からは車窓を眺められないため、カーテンを閉じたままの周囲の客を起こさぬよう梯子をそろりそろりと降りました。「日本海」に乗車したならば日本海を眺めねばと、僕なりのこだわりで早起きした次第です。
 幸い通路は日本海側でした。車窓を眺めるには窓の下部分に埋め込まれた折畳式の座席が重宝します。それを静かに引き出して腰を下ろしました。列車は秋田県に入っており、まもなく海岸に出ました。ダイヤの乱れはないようでした。
 雨に煙る寂しい日本海に別れを告げて雄物川を渡れば大きな街に入った気配となります。そして秋田に到着しました。5:35です。車内放送が再開されるのはまだ先で、朝一番の主要駅にもかかわらず静かなままの到着でした。
 秋田では5分間停車します。ホームに降りて早朝の軽い散歩の気分で牽引機を眺めに行きました。色褪せたローズピンクの車体からは、北国の風雪の厳しさが伝わります。
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秋田、追分付近(5.86MB 1分09秒)
 秋田発車時の映像に続いて追分通過の模様です。追分駅構内には、お休み中の青い除雪車(ENR−1000)の姿が見えます。そして遠ざかる線路は追分で分岐する男鹿線です。
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鯉川、森岳、東能代付近(9.63MB 1分54秒)
 八郎潟付近の広大な水田。鯉川での普通列車との交換、秋田名物のジュンサイを連想する池の風景と続きます。左から合流する線路は、一見複線電化の立派な路線に見えますが五能線です。東能代のホームには、快速「リゾートしらかみ」のくまげら編成を模した待合室がありました。
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鶴形付近(10.67MB 2分10秒)
 東能代を出てしばらくすると車内放送が再開されました。機器の不調かマイクの操作を誤ったのか、ハイケンスのセレナーデのあと暫らく無音状態が続きました。
 7:12大館に到着しました。少々空腹感を覚えましたが、停車時間が1分では名物「鶏めし弁当」を購入することもかないません。実は弁当を詰めたダンボールを傍らに置いた男性の姿が到着時のホームに見えました。製造元の(株)花善さんでは、事前に注文すれば乗車口まで届けるサービスを行っています。乗客のどなたかが予約していたようです。
 矢立峠を越えて青森県に入り、7:40大鰐温泉に到着。隣接する弘南鉄道大鰐線大鰐駅には、ステンレス車体の7000系電車が停車していました。弘南鉄道では昨日乗車した北陸鉄道石川線と同様に、東急電鉄から譲渡された車両が活躍しています。
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弘前(10.02MB 1分57秒)
 僕は7:51着の弘前で下車しました。発車メロディの津軽じょんがら節と「日本海」の発車です。
※2012年(平成24年)3月17日ダイヤ改正で寝台特急「日本海」の定期運行は終了しました。
 以降は多客期に臨時列車として運行されます。