糸魚川駅をあとにした僕は真っ直ぐ進めば海岸にぶつかる駅前通りを歩きました。
 日本海に面した糸魚川市は漁業が盛んな街です。となれば新鮮な地魚で一献といきたいところでしたが、どうも腹の具合が良くありませんでした。
 (汚い話で恐縮ですが)収支でたとえるならば収入>支出のため下っ腹がいわゆる膨満感に苛まされている状態です。今日一日トイレの無い場所ばかりを周る行程ではありませんでしたし実際機を見つけては利用しました。しかし一度「支出」のタイミングを逸するとこうなりやすい体質なのです。

 腹具合はさておき、駅前通りに面した店は既に殆どが閉じていました。僕はとりあえず事前に調べておいた銭湯で汗を流すことにしました。駅から徒歩数分に位置する銭湯です。

 湯上りに脱衣所の長椅子に腰掛け、背中から扇風機の風を浴びつつこのあとの行程を考えました。実は今宵の宿である糸魚川23:20発青森行き寝台特急「日本海」に乗車するまでの時間を如何に過ごすか、漠然としか考えてこなかったのでした。

 僕は鞄から時刻表を取り出しました。番台の女性がちらりとこちらを見ましたが気にせず頁を捲りました。
 20:01発の大糸線上り最終列車に乗車して終点の南小谷まで往復するのもひとつの案。この場合糸魚川には22:03に戻ることになります。
 しかし乗車したばかりの路線に再度乗車するのは芸がないような気もしました。車両が糸魚川運転センターのキハ52のうち唯一乗車していないタラコ色の156ならば話は別でしたが、それは望めないでしょう。糸魚川に戻ってからの残り時間が1時間強では体調が回復した場合に一献やるにはやや物足りないのも引っ掛かりました。
 トンネル駅に寄り道  北陸本線 筒石駅
 タイトルでお分かりの通り、僕は糸魚川駅の北東方向、JRのキロ程にして20.4km先に位置する筒石駅に向かうことにしました。思い立ったのが19:00丁度。急いで身支度を整えて早足で駅に向かい19:13発の直江津行き普通列車555Mに乗車しました。ちなみに555Mは475系A02編成+A22編成。

 6両編成の555Mは空気輸送状態でした。夏休みでなければ部活帰りの高校生で多少は賑わうのでしょうか。
 北陸本線能生−名立間に位置する全長11,353mの頚城トンネル。その中間に設けられた筒石駅は「トンネル駅」のひとつとして知られています。
 地下鉄の駅ならば珍しくもなんともない話ですが、山岳トンネルの只中に設置されて一般客が通年利用できる例は、上越線新清水トンネル(下り線用)の湯檜曽駅、土合駅、北越急行ほくほく線赤倉トンネルの美佐島駅、そして北陸本線の筒石駅のみです。時刻表を捲りつつ全国的にも珍しい駅の近くに来ながら立ち寄らない手は無いと考えました。
筒石駅付近の地図です。

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動画
糸魚川−梶屋敷間(4.97MB 1分02秒)
 糸魚川−梶屋敷間には交流電化区間と直流電化区間を接続するデッドセクション(死電区間)があります。糸魚川方が交流20000V、梶屋敷方が直流1500Vです。車両によってはこのように室内灯が一旦消灯します。
 能生を発車すると間もなく頚城トンネルに突入します。目的の筒石は次の駅です。
 トンネル走行時特有の轟々と反響する走行音が次第に収まり19:31筒石に到着しました。壁面に1列に並んだ蛍光灯が照らすホームは薄暗く、地下鉄の駅のような広告類の掲示もありません。無機質なコンクリートに囲まれた空間は外界より涼しい反面湿度は高く、壁も通路もじめじめとしていました。

 特殊な構造の駅のため委託駅員5名が交替で24時間常駐しているとのことです。555M発着時も1名の駅員氏がホーム直江津寄りの待合室付近で監視していました。変な時間に来る鉄ヲタだなと思われたでしょう。
 筒石駅がトンネル内に設けられた経緯は後述するとして、ホームと待合室との間には仕切りがあります。列車通過の際の風圧によって発生する強風を避けるためです。

 早速地上の駅舎に向かいました。珍駅訪問を果たすためだけでなく、このあと糸魚川駅の西隣に位置する青海(おうみ)駅にも寄るつもりだったため、同駅までの乗車券を購入せねばなりませんでした。
動画
筒石(4.76MB 57秒)
 動画は僕が乗車した555Mの発車シーンから始まり、駅舎に向かうシーンへと移ります。
 ホームと駅舎の高低差は40m。下りホームから改札口までは290段・176m(上りホームは280段・212m)の階段・通路で結ばれており、その大部分は建設工事の際に使われた斜坑跡を流用しています。エスカレーター、エレベーターはありません。
 監視していた駅員氏も駅舎に向かいました。列車が発着するたびに駅舎とホームを行き来するのは大変でしょう。終わりの方で登場する半透明の壁はホームから流れる強風が改札口、待合室に直撃するのを防いでいるそうです。
 ホームで監視していた方とは別の駅員氏に青海駅までの乗車券を所望したところ、乗車券とは別に「筒石駅のご案内」と「入坑・入場証明書」を手渡されました。前者は当駅の歴史、構造などがまとめられており、後者はその名前の通り訪問の証明書です。いずれも鉄ヲタの心をくすぐります。それを受け取った僕に、

 「ここに来るのは初めてですか?(^^)」

 と笑顔で問い掛けた年嵩の駅員氏。含みを感じたそのお言葉から察するに、相当数のリピーターが「入坑・入場」するのでしょう。
 上の画像に「青春18きっぷ完売御礼」とありますね。それが多くのリピーターを呼ぶ所以と思われます。当駅ではマルス発券の味気ない「青春18きっぷ」ではなく、赤い地紋の紙に印刷された常備券、通称ナマ券、赤券などとも呼ばれる「赤い青春18きっぷ」を販売しています。
 郵送での購入(※北陸本線筒石駅での乗車券類の郵送販売は2010年2月1日より中止されています。窓口での販売は継続)が大半を占めるのかもしれませんが、常備券購入のために現地へと足を運ぶのも鉄ヲタの旅のひとつの形です。

 僕はこのあと通過する特急列車を撮影するつもりでした。しかし幅員の狭い地下ホームでの撮影は安全な行為とはいえません。念のため撮影の件を駅員氏に告げると、傍らのパソコンを操作し始めました。そしてモニターを眺めつつ、

(次に通過する特急はくたか25号は)市振を通過したところですねぇ。(^^)」

と笑顔で答えました。市振は筒石から30.4km西方の駅です。モニターには筒石駅近郊で運行中の列車位置が表示されていました。その構造上、利用者は早めの入場が必要な当駅だから導入されているシステムなのでしょうか。撮影については「気をつけてくださいね」とあっさり許可してくださいました。

 越後湯沢行き特急「はくたか25号」は、まだ糸魚川にも達していないため急いで地下に戻ることはありませんでした。そこでとりあえず駅前に出てみましたが・・・
ほぼ真っ暗・・・・
 北陸本線は長大トンネル開通による勾配の解消と路線の短絡など数々の線路改良が行われました。筒石駅を含む糸魚川−直江津間もそのひとつです。

 海岸沿いを辿っていた旧ルートは急曲線が多く地すべりなどの災害が多発する区間でもあり、その複線電化にあたっても長大トンネルを擁する別線の建設が選択されました。頚城トンネル付近の能生、筒石、名立の3駅は移転を余儀なくされ地質、地形の関係上トンネル内に設けられた筒石駅は旧駅から1kmほど山側に移動しました。
 駅前の坂道を暫らく進むと民家が存在するようですが、筒石の集落の中心は旧駅付近です。駅前付近が寂しいのも道理です。
 列車の通過時刻を考慮すれば駅周辺を探索している場合ではありませんでした。駅員氏に断わってホームに向かいました。
動画
筒石(6.46MB 1分57秒)
 勢いよく側溝に流れ込む地下水の音を聞きながら列車の到来を待ちました。

 時速130km程度の高速でトンネルに突入する特急列車は差し詰めシリンダー内を圧縮するピストンのようなものです。ヒュゥ・・・・と流れる風の音が、走行音よりも先に列車の接近を教えてくれました。通過した列車は特急「はくたか25号」と金沢行き特急「北越10号」です。
 上下線のホームをずらして設置しているのはトンネルの断面積を小さくするためです。
動画
筒石(6.54MB 1分36秒)
 僕は20:29発の富山行き普通列車578Mに乗車しました。