短区間列車の哀愁 〜往路編〜 大糸線 その2
動画
根知付近(6.74MB 1分19秒)
 僕は平岩行き434Dに乗車しました。終点の平岩まで足を伸ばし、折り返し列車の433Dで糸魚川に戻る計画です。
 434Dに乗車したのは、南小谷まで南下して松本方面への接続を図る列車にはない寂寥感が、時刻表の紙面から伝わったからです。
 糸魚川を16:41に発つ434Dは主に通学客を運ぶべく運行しているはず。JR西日本にしてみれば好ましくない状況ですが、夏休みの今は閑散とした車内が想像できました。
 はたして大糸北線の現状を物語るかのような乗客数でした。それでも1組の親子連れがいてちょっぴり賑やかだったのは意外でした。平岩駅付近に帰省中だったのでしょうか。
 乗客は僕、件の親子連れ、同業者(つまり鉄ヲタ)の初老の男性1名に加えて、これも意外や1眼レフで車窓を撮影する中年の女性1名。ひょっとして鉄子さん?
 列車は姫川に沿って進みます。1995年(平成7年)7月11日の豪雨災害では可愛らしい名前のこの川が暴れ川に豹変して大糸線に傷跡を残しました。
 不通となった白馬−根知間のうち白馬−南小谷間は翌月、根知−小滝間は翌々月に復旧したものの、南小谷−小滝間は翌々年の1997年11月29日の復旧まで長期に渡って不通となりました。
動画
根知−小滝間(3.73MB 44秒)
 姫川第六発電所(動画にはありません)の横をゆっくりと通り抜けて小滝に到着です。
動画
小滝−平岩間(5.99MB 1分10秒)
 次は終点の平岩です。この小滝−平岩間の水害による被害は甚大で2箇所の橋梁が崩壊しました。
 にわかに民家、ホテルなどの建築物が増えて平岩には17:17に到着しました。
 糸魚川行き433Dの発車はおよそ10分後の17:29です。短い滞在時間の始めに駅前に出てみました。
 左側の石碑は大糸線の全通に尽力した元北小谷村の村長戸沢三千太郎翁の頌徳碑です。当地は白馬岳の登山口のひとつですが駅周辺からは活気が感じられず侘しさが漂っていました。
平岩駅付近の地図です。

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 前記の通り黄褐色2号+青3号の国鉄旧標準色をまとったキハ52−125。この車両が過去に旧標準色だった事実はないため復元にはあたりませんが、この際野暮なことは言いっこなしです。