道、常ならむ・・・  〜西日本鉄道北九州線〜  2006年11月25日 動画を追加
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西黒崎付近、折尾(1.04MB 2分00秒)
 2000(平成12)年11月24日。廃線前夜の様子を確認すべく折尾に向かいました。冒頭の映像は、これも今は無き「レッドトレイン」の飯塚行き普通列車から撮影したものです。
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黒崎駅前(1.37MB 2分40秒)
 翌11月25日。西鉄北九州線と過ごす最後の一日は黒崎駅前から始めました。
 1977(昭和52)年に投入された3両連接車も、かつての利用者である僕には懐かしい存在です。
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黒崎駅前−西黒崎間ほか(9.45MB 1分50秒)
 まずは熊西まで乗車しました。
 西黒崎の駅名は「北九州出身のおじさん鉄」には違和感大。黒崎車庫前で良かったのに・・・
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熊西付近(9.23MB 1分47秒)
 筑豊電鉄との分岐点にあたる熊西付近で、しばし撮影を楽しみました。
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皇后崎付近 ほか(8.48MB 1分39秒)
 熊西からは徒歩で折尾方面へ。
 皇后崎付近で撮影したあと折尾行きに乗車しました。車内はお名残乗車の方で満員でした。
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折尾 (14.27MB 2分46秒)
 鹿児島本線と筑豊本線、そして双方を結ぶ短絡線に囲まれる地点に位置していた西鉄の折尾駅。駅のそばにある鉄橋は短絡線を跨いでいました。
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折尾東口−折尾(10.61MB 2分04秒)
 短絡線を跨ぐ鉄橋の黒崎寄りは煉瓦造りの高架でした。煉瓦を螺旋状に組み上げる「ねじりまんぽ」と呼ばれる工法で築かれており、近代化産業遺産に指定されて現在も保存されているようです。
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折尾東口−折尾間 (8.50MB 1分39秒)
 徒歩で折尾東口に向かいつつ、所々で撮影しました。
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陣の原−折尾東口間(4.49MB 52秒)
 定番の撮影ポイントだった金山川の鉄橋を中心にまとめてみました。
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折尾−折尾東口間(6.03MB 1分10秒)
 JR折尾駅で撮影している間に日はとっぷりと暮れていました。
 ここでの撮影後、一旦実家に引き上げるため黒崎駅前行きの電車に乗車しました。
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熊西付近〜黒崎駅前(14.88MB 2分54秒)
 この時間になってもお名残乗車の客足は途絶えていませんでした。
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黒崎駅前(8.48MB 1分39秒)
 まもなく23時を迎える頃、折尾駅では最終電車の出発セレモニーの準備が整えられていました。そして最終電車を黒崎駅前で迎えるために、折尾から黒崎駅前まで乗車しました。長く親しんでいた西鉄北九州線に乗車するのも、これが最後の機会となりました。
 その道中「さよなら電車」の装飾が施された621号とすれ違いました。その621号が走り去った下り線のレールは、この瞬間から営業運転を終えているわけです・・・
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黒崎駅前(14.22MB 2分48秒)
 黒崎駅前で最終電車の到着を待つ人々。621号の前に到着する電車も拍手で迎え、万感胸に迫るものがありました。
 やがて到着した「さよなら電車」621号。西鉄北九州線の89年の歴史にピリオドが打たれたのでした・・・

 幼い頃両親に手をひかれて行った小倉の魚町や黒崎の商店街。たとえば映画館にいる間に夕闇に包まれていた町並みに、タイムスリップしたかのような不思議な感覚にとらわれた時、視界の中にはマルーンカラーを纏った路面電車の姿がありました。
 それは鉄道が大好きな少年にとっても日常的な存在で、退屈な乗り物でしかありませんでした。むしろ街明かりを照らすレールの踏面や渡り線などの分岐器の機能美に惹かれていたものです。
 人生が進むのに並行して数々の彩りを与えられていった車両たち。それでも僕の中にある西鉄北九州線の路面電車は、憧憬の対象とは全くなりえなかったマルーンカラーの電車なのですから皮肉なものです。
 最後は白を基調とした車体色だった621号。その621号が到着した6年前のあの瞬間を回顧する現在も、夕暮れの安全地帯でマルーンカラーの電車を待ち受けていた幼い日が、断片的ながらリアルに脳裏に浮かびます。さよならをしても心の中で生き続けるということでしょう。
 ご覧いただきありがとうございました。
2006年11月25日
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